各自で生き延びてください

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「自粛要請」って言葉は、要請と自粛が矛盾すると思うのね。
要請されなくてもやるのが自粛で、要請されたら自粛したことにはならない。
要請を受け入れたと言う体裁にすると、要請した側に責任が生ずる。
国がやれって言ってやった事なら、あとから国が責任を持って補填すれば良い。
だが、自粛要請に従った場合はあくまで自粛なので、責任は自分にある。
保証も対価もなく、自ら進んでやったんだから自己責任だって事に収めたいわけだ。
自粛したせいで損しても、自粛しなかったせいで損しても、どっちでも自分が悪い。
「誰も保証してくれない要請に従ってください」と、正直にお願いする国もあるだろう。
日本では「自粛要請」って言ってるけど、これ卑怯な言葉だなと。
「不要不急」ってさ、他人が理由もなくフラフラ徘徊してるかのような言葉だな。
男から見たら女の重要な用事は不要不急に見えることもある。
女から見たら男の重要な用事は不要不急に見えることもある。
他人にとっての重要案件が自分にとってそうでない場合だけ、不要不急って言うわけだよ。
みんな必要なことしかしてないんだから、そもそも不要不急は存在しない。
存在しない物を控えろって話をしたら、誰にも何も伝わらない。
俺の用事は不要不急じゃない、おまえの用事は不要不急だ、という上から目線だけ感じる。
「自粛要請」「不要不急」と、緊急時でも言葉の裏の意味ばかり気になっちゃう。

どうにもならない物と戦って、どうにか被害を小さくしたいわけだ。
正解はないので、どうにかバランスを取って、極端な不正解だけ防止したい。
せめて正解があれば、正解に導くために強い誘導が出来るんだよ。
例えば外出禁止してる国もあるが、その国ではそれが正解だから出来ることだ。
今の日本では外出を禁止することが正解とは言い切れない。
言い切れないうちは要請だけして、自己責任でどうするか判断して貰うしかない。
そうすると、どうしても我慢できない人と、我慢できる人で別れるだけになる。
どっちで損しても自己責任で、誰も補填はしてくれない。
結論を言うと、たいそうな言葉を使ってるだけなんだよ。
「我慢できる人はしてね」って言ってるだけ。
それだけじゃ、我慢できるくせにしない人がいっぱいいる。
たいそうな言葉を使うことで、少し無理して我慢する人が出てくる。
それ狙いって事よ。
ちょっと我慢して、そのせいで治療が遅れて、病状が悪化した場合も責任は負わない。
でもなるべく我慢してねと。
死んだやつが悪いとしか言えんわけだ。

だからなるべく我慢してる演技をして、自分以外の愚か者共にも我慢させよう。
みんなで我慢しようと、強く広く訴えかけよう。
その裏で実は自分は我慢しないのが正解。
自分の身を守るには、自分だけ我慢せず、他人が我慢するよう誘導するのがベスト。
これは日記に書いた内緒話だ。

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