イライラ新恐竜

のび太の新恐竜がとても嫌いで、ドラえもん映画を名乗って欲しくないとまで感じてしまった。
色んな事に強引さを感じて、ドラえもんブランドを利用して自己満足映画を作ったのかと思った。
まぁ、この映画が好きって言う人もいるようで、あたしの個人的な嫌いさでしかないが。
まず序盤から、隕石が落ちて恐竜はいなくなったと断定してるところから違和感を感じた。
いやいや「隕石のせいだと言われている」じゃなく「隕石だ」って言い切ってしまうのかよと。
その歴史は誰かが見たわけでも文献があるわけでもなく、状況証拠で有力な説でしかない。
ほぼ間違いないほど有力だけど、どれほど有力であっても説なんだから断定はおかしい。
「と言われている」を省略したという、こんなちょっとのことを誰も気にしないかも知れない。
しかしこの省略には意味があり、実際に映画の終盤で隕石を落とすから断定する必要があった。
すなわち回収するための伏線が不自然で強引で、だから気になる人もいたという落ち度だ。
室内の恐竜を屋根の上に出すために使った道具も、非常に不自然で強引な登場だった。
ママに見つからないように隠す方法がたくさんある中で、選んだ方法は全く効率の悪いものだった。
どうしてこれをわざわざ使ったのか強引すぎたが、それもあとで回収する伏線アイテムだった。
また、ジオラマにも山からパーツを集めれば良いのに、わざわざ街からパーツを集めたんだよね。
公園の遊具ならまだしも空き地の土管とかを集めたところも非常に違和感を感じた。
そう言うツッコミどころが終盤で全て伏線回収されるたびに、伏線の登場が下手だったと理解する。
もっと自然にさらっと伏線を置けなかったことで、あたしには全部気になってしまった。

あと双子の恐竜のうち飛べない方に、のび太は逆上がりを頑張りながら指導するわけだよ。
これはきっと泣かせるところなんだよな。
でもこのシーンって、数さえこなせば出来るようになるかのような演出で気に入らなかったのよ。
落ちて痛い思いをして、それを我慢して繰り返す、って言うのを美化する事に共感できなかった。
飛べない方の子って、飛べる方の子より尻尾が短いって言う説明が既に出ている。
それってもしかして尻尾が短いせいで飛べないんじゃないのかって思っちゃうよ。
もしそうであるならば、落ちて痛いのを我慢して繰り返す意味なくね?
生まれつき飛べない体型かも知れないのに、努力を繰り返す姿を美化出来てるか?
のび太が逆上がり出来ないのも努力が足りないって事になるのが納得出来ないのよ。
出来ない人でも根性でどうにかなるんだという思想に反発を抱いてしまった。
こういう、楽しませようとしてやってる部分が楽しめないと、他に楽しむ部分がなくなる。
嫌いな部分は多々あるのに、好きな部分がなくて終わってしまう。

終わる寸前のキムタクの台詞にも大いに反発があり、これも強引な締めくくりだから気になるのよ。
結局この映画の結論は、恐竜が鳥に進化して生き延びたって事を言いたいわけ。
だから、飛べない恐竜が頑張って飛べるようになって、そこで歴史が動いたって表現してる。
けどその表現こそが、進化をわかってない人が描いた進化だから、理系の人には違和感が強い。
キリンが頑張って首を伸ばしたわけじゃないんだよな。
象が頑張って鼻を伸ばしたわけじゃないんだよな。
新恐竜が頑張って飛べるようになるかどうかは、その種全体の進化を表してはいないんだよな。
どうやら滑空から羽ばたきへの移行を表現したかったようだが、それも納得出来ないし。
その1個体が頑張って羽ばたいたときに進化が起こった事にはならないのよね。
羽ばたきに適した個体が偶然の変異で生まれたときが進化なのであってね。
そしてその、頑張って初めて飛べた子が、そのままのび太を背に乗せて助ける事も不自然だった。
たぶんこの辺もこの映画を面白がれるかどうかの非常に重要な感動ポイントなんだわ。
あたしには感動ポイントが違和感ポイントになってしまったから、全然面白くなかった。

そして終始、のび太の言ってる日本語が新恐竜に完全に伝わってる事に違和感がある。
言ってることも伝わってるし、回想シーンが新恐竜側から見た人間的回想シーンでおかしい。
泣かせようとしてるのにおかしくて泣けない。

まだまだあるんだが、今回はのび太が時間犯罪者になりかけると言ういつもの逆パターンだ。
その犯罪をしそうになってるのび太に対して、○○なだけっていうかばい方はどうなのかと。
大概の犯罪者はその○○なだけであり、たとえ○○でも犯罪だからダメだねって事なんだよ。
○○は伏せ字じゃなくて、どんなきれい事を言ったか忘れたからそう書いただけだが。
守りたいだけとかそう言うことを言ったと思うけど、そう言う自己都合は犯罪より優先だろうか。
さすがに何十年も時間犯罪者と戦ってきたシリーズで、事情があれば正当化される物ではない。
これだけはマジで、やるならドラえもん以外でやってくれ。
ドラえもんの名を冠して作って良い映画ではないと思った最大の理由はここ。

あと卵の探検隊も納得いかないな。
イナゴの缶詰もおかしい。

総括として強引だったという一言に尽きる。
結論が強引で、そこへ導くためにばら撒いた伏線も全て強引。
そう感じなかった人は面白い映画だったかも知れない。
あたしにはドラえもんにあるまじきと言うほど嫌いだった。
かつて、TBSの金八先生が金八にあるまじきほどつまらないと感じたシリーズがあった。
こんなにつまらないならやらなきゃ良いのにと思うほど嫌いなシリーズだった。
それが最終シリーズになったから、きっと多くのファンが反発したんだろうと感じた。
今回も新恐竜もその感覚に近いので、多くのファンが反発してるんじゃないかと予想している。
あ、今回じゃなくて前回だからテレビで放送されたんだけどね。
すなわちドラえもんは金八と違って終わらないけどね。
でも新恐竜みたいなやつはもうやって欲しくないな。

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