マナーという言葉自体の話

あたしは「三角食べ」と言う言葉を知らずに生きてきた。
テレビで食事のマナーに関する話題をやって、その言葉を初めて耳にした。
いや、もしかしたら聞いたことがあっても忘れてただけかな。
あたしはてっきり、それは悪い例を表した言葉なのかと思ったくらい知らなかった。
食事中に三角形の何かやってはいけない事があると思った。
あたしにとってはそれほどまでに馴染みのない、全然知らないことがマナーだった。
いや、マナーという表現をされていた。
その件で、日本語のマナーは二つの全く違う意味が存在すると気がついた。
例えば雨の日の傘の扱いって、法律で決まってはいないけどマナーはいろいろある。
傘のマナーはどれも、他人を不快にさせないための気遣いに該当する。
では食事のマナーはどうかというと、自分が恥ずかしくないための気遣いだ。
傘のしぶきで口論になることはあっても、三角食べしてるかどうかで口論にならない。
マナーという言葉で表される行為のうち、他人のためのやつはぜひ実践したい。
他人ともめないために、犯罪じゃなくても守りたい。
一方、その三角食べだとか、葬式だとかビジネスでとかの無意味なマナーはどうなのか。
他人のためのマナーと自分のためのマナーを、同じ言葉で表現して混同しすぎだろ。
傘を振り回す人と三角食べしない人は、同じようにマナーが悪いと一括りには出来ない。

その、テレビで三角食べの話を見た時、自分じゃなくて子供にしつける話が出たのね。
別にそれぞれの家庭の事情だから良いんだけど、それ何を根拠に言えてるわけ?
傘のマナーをしつけるのであれば、よその人が嫌な思いをしないようにと理由がある。
食事のマナーはそうじゃなく、恥ずかしいからとか栄養がどうのと嘘をつくかするんだろ。
自分でも分からない理由で、なんとなく子供に嘘のしつけをするわけだろ。
で、マナーですって言うんだろ。
これは悪いマナーの部類だと思うのね。
良いマナーはもちろんその傘のマナーなどの、他人にご迷惑を与えないためのやつね。
んでもちろん、その傘のマナーだってしっかりしてる方が恥ずかしくない。
迷惑をかけないがメインで、恥ずかしくないがサブでついてるのが良いマナーだ。
で、メインが抜けて恥ずかしくないだけのマナーは、言葉を悪用した悪いマナーだ。
良いマナーは守るべきで、悪いマナーはは守るべきだと錯覚させてるだけだわ。

あ、でもね、ナイフとフォークの使い方が下手な庶民がいると不快だって人もいるのよ。
自分はビジネスのマナーを知ってるから、知らない人を相手にするのが不快な人もいる。
葬式でも、その三角食べでも、とにかくマナーを知ってる人が見下して不快になる。
そう言う上から目線の人を不快にさせないって点では悪いマナーも必要だよね。
マナーを知ってる人が知らない人を不快だと感じるシステムがそもそも悪いんだが。
だったら最初からマナーを知る人にならなければ不快は発生しないんだが。
不快だって思う方が悪いんだけど、下の者は上の者に合わせるしかないもんね。
そんな社会の仕組み的にも、悪い方のマナーは全方位から心底悪いね。
存在して欲しくない。
ホントに自分だけは混同したくない。

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