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2009年 8月 5日 のアーカイブ

香取慎吾が主役の西遊記のドラマでは、悪役をやっつける前に必ず主役が説教するのだが、
その説教を悪役が黙って聞いていると言うのが非常に不自然に感じた。
現実なら、説教をおとなしく聞いてないで戦いが始まるとか、せめて反論するとかがあるだろう。
このドラマはかなり極端な例ではあるが、フィクションってのはたいがいそんなシーンが盛り込まれている。
お話を作った人が言いたいことを主人公に言わせ、その間は別の登場人物を黙らせ、反論させない。
これはドラマだから出来ることであり、ドラマの世界には制作者という神がいて、
神が作った善と悪があり、その世界での出来事を現実世界の人に見せて影響を与えようとする。
謎解きミステリーだと面白いことが起るだけで思想のないフィクションもあり得るが、
逆に思想のないフィクションはあまり受けないし、不自然でも思想を入れた物が面白いんだろう。

少し前、織田裕二が出てる新しい映画の公開にあわせて、
織田裕二が昔出てたドラマの再放送をやっていた。
結構人気があるドラマで、たぶん再放送を何回もやってると思うし、
あたしも最後に刺されるってことまで覚えてるくらいなのに、やっぱり今回も録画して全部見た。
このドラマを見てて、誰かが何か言うのを他の人が黙って聞いてる姿にホットした。
石黒賢と織田裕二がケンカするドラマなのに、お互いに相手の話をちゃんと聞いてるところが平和だ。
全部言わせてから、揚げ足を取らずに単に僕は認めないと反論するとか。
すなわちドラマとして、どっちも正しいことを言ってて衝突しているように表現したいので、
両方に台詞を堂々と言わせ、妨害させず、反論も出さず、とりあえず殴らせるとかで盛り上げる。
実に平和でホットする。

と言うのも、最近、テレビで現実の言い争いをやる番組を見過ぎて、すごく嫌になっているからだ。
例えば政治家がテレビに出ていろいろ言い合う番組があるけれども、
いまどき小学生のリベートでも手を挙げて、自分の発言する番を待って一人ずつ喋るのに、
いい大人がお互いに相手の話を聞かないで自由に言いたいことを言いっぱなしになる。
しかしそれが現実であって、人間ってそれで当たり前だ。
ドラマみたいに、セリフを黙って聞いてやる余裕があったらおかしい。
普通はゴチャゴチャうるさくなって、収拾が付かず、話し合いをしてもどっちが正しいか結論も出ず、
お互いヒステリーになって気分悪くなるだけのテレビ番組を見せられてたら、
そりゃ、相手の話がたとえ間違っていても黙って聞く不自然なドラマで和むわ。

別に自分がケンカしていなくても、他人のケンカみたいなのを第三者として見るのがつらい。
特に爆笑問題が出てる番組は、面白がってわざと衝突させようと仕掛けるのが嫌いだ。
議論してよりよい意見を出す番組であるかのように見せかけて、ケンカさせて楽しむ意図が強すぎる。
爆笑問題がやってる別の番組でも、海の家でクレーマーと従業員をケンカさせるよう仕込んだりして、
まぁ、それが楽しくて見る人もいるからやるのだろうが、あたしは見てて疲れてしまう。
TVタックルでも言い争うシーンは多いけれども、爆笑問題ほど徹底的にやらないから重くない。
議論は有意義だがケンカは無意義なのでやらない方がいいのだが、
おそらく爆笑問題の人は、どうせ議論出来ない人にはケンカさせた方が有意義だと思ってるのだろう。

どっちが強いか決めるのに全力を尽くす姿を、どっちが強いか興味ない人からみるわけで、
例えば知らない国同士が威信をかけてやる知らないスポーツってな感覚になってしまう。
ドラマだと主役に感情移入して、主役が勝つシーンが見れるから、知らないスポーツでも安心。
そういうことかね。