[日記的なもの/囲碁/2007]

読みの三要素 / 2007-12-22 (土)

詰碁で読みの能力を訓練しているわけだが、読みの能力は三つに分けて考えることが出来そうだ。

一つは、何手読めるかということで、あたしは5手ぐらいで終わる問題じゃないと混乱する。
有名な定石から生ずる死活は、たいがい10手以上読めないと答えを出せないのだが、
そういう問題が初段向けの本でも多く載っていて、あたしは暗記なら出来ても、実力では解けない。
定石は暗記じゃダメだといわれるが、その後の死活まで読めなきゃ、実力ではなく暗記で打つ事になる。
そうすると、相手が暗記してない手を打ってきた時に対処できない。
ということで、10手以上読めてようやく、定石を自分の実力として使いこなせるわけで、
今は、つまらない暗記で挫折しないよう、先に読む能力を獲得したい。

二つ目は、どんな手を読むかということで、見当外れの10手が読めても意味がない。
お互いに最強の着手ならどうなるかという答えに近づきたい。
でもこれは似たような状況の経験がなければ思いつきもしないわけで、問題数をこなすしかない。
シチョウの一本道や、見たことのある放り込み、シボリなんかは何手でも先まで読めたりするが、
どんな手を読むかという能力を磨くことで、何手読めるかの数字までアップ出来るようだ。

最後は読みのスピードだが、あたしはこれがすごく遅いようだ。
今やってる「攻め合いの達人」には、何度もひと目で解けるようになれとか、一瞬で読めとか出てくる。
人間様と碁の対戦をする時は長く考え込むわけにはいかないだろうが、
詰碁の問題をやる時は、さっぱりわからない時以外、時間をかけて考えるクセがついている。
5分考えればわかりそうな手応えのある問題を、あきらめて3分で終わりにする気はないし、
制限時間を設定して急いで解こうという努力もしていない。
悪く言えばダラダラ楽しんでいることになる。

この、三つの要素の内のスピードに関しては、まだ鍛えなくて良いと思う。
いくらでも時間をかけて、丁寧に何手でも読むということをまずは身につけたい。
いずれ人間様と対局するときまでには、短時間で考える能力も必要になるだろうが、
なんかもう対局には興味がなくなっちゃってるからどうでもいい。
19路で、どこに打って良いかわからないことが多かったが、自分で打ちたい場所がないってのは変な話だ。
本で見た事のある着手を漫然とマネするだけなんて、ゲームを楽しんでるとは言えない。
自分で考えた着手なんて、本に書いてある着手に負けるだろうとわかりきってるせいで、
考える楽しみより、どう打てばいいのかの答えだけを教えて欲しくなってしまう。
自分で決めた着手の方が面白いのは当然だが、決める材料すら思い浮かばないから楽しくない。
とにかく今は、対局のことは意識せず、読みの手数とパターンを増やしていきたい。

今のところ詰碁は面白いが、囲碁は面白くなるかどうかまだわからない。
ダウンロードが違法になる将来を考えると、新しい趣味として、面白くなるまで囲碁を続けたい所。




2008/12/03 (水) 更新 ©2005-2008 汁ムゴ魚 by Wantech
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