[日記的なもの/未分類/2007]

テロ特措法の期限延長問題 / 2007-09-12 (水)

ズームイン朝に頻繁に出ているナントカゴロー氏とは全く気が合わないと、何度か書いたのだが、
本当に彼の正義はあたしの悪であり、あたしの正義は彼の悪なようで、
あたしはああいう人間が一人もいない世の中を目指してるわけだし、
彼もあたしのような人間がいない世の中を目指しているかも知れない。
ズームインで彼の口から出ることは、ことごとく絶対許せない大悪事ばっかりだなと、見る度に感じる。
彼は今回、テロ特措法を延長したいと考えているのだが、やっぱりあたしゃ断固反対。
延長しないと大変なことになるという不安を抱えているようだが、あたしゃその路線に逆に不安がある。
また彼とは善悪が完全に逆だ。

そもそも、延長すべきと考える人と、打ち切るべきと考える人の決定的な違いは、
給油が世界平和に対する貢献だと思ってるか、アメリカの戦争に対する貢献だと思ってるかに尽きる。
これが世界平和に対する貢献だと思っている人は、他に参加している国の名を並べて、
みんな参加してるのに日本だけ参加しないと世界から孤立するんだよと考えている。
アホか。
だったら小沢に挨拶しに来たのがなぜアメリカだけだったんだよ。
日本の作戦参加を強く望んでいるのはアメリカだけで、よその国は日本の参加なんてどうでもいいんだろ。
他に参加してる国も、参加することで自分たちに何らかのメリットがあってやってるわけで、
日本がやめたから日本は仲間はずれだとか、自分もやめようなどという子供じみたことは全然ない。
どうしても給油係が欲しければ、別に日本でなくても他の国でやればできる事じゃないか。
日本にしかできないことをやってるわけじゃなく、日本には出来ないことがあるから出来ることをやっている。
いや、軍隊を出せないならかわりに金を出せ、油を出せ、と、いいように使われている。
それは世界から孤立しないと言うことじゃなく、国家として独立してないだけだ。
完全にいいなりの半植民地国家。

たとえばもう誰も話題にしなくなった牛肉問題だって、国内では検査しなきゃ流通できないのに、
アメリカから入ってくる牛肉だけは検査しなくても日本で流通できるわけだ。
国民は全員従わなければいけないルールにさえ、アメリカなら従わなくて良いのだ。
日本は国民の食の安全すら自ら守ることを許されないず、法律はアメリカに作らされて運営されている。
アメリカの支配から独立して、国民の意思で法律を作ることが孤立だという不安がる方がおかしい。
アメリカに決めさせられたルールより、国民が決めるルールを優先だと考えるなら、
孤立は恐れるものではなく、必要な独立だと考えてむしろ誇るべき。
アメリカがイギリスから独立した日を祝うくらいなんだから、日本も米国から独立して祝おうよ。

そういうと、アメリカに依存してなきゃ国防が危ういなどと卑怯なことを言い出す輩も多い。
じゃぁやっぱり国際貢献じゃなくてアメリカの戦争を助けてるんじゃん。
憲法で戦争しませんといいながら、でもやられたらやり返しますよ、
やり返すことは自衛であり、それは殺し合いだけど戦争じゃないよ、などといってるわけだが、
本当に放棄したいのは殺し合いであって、場合によって殺し合うなら何を放棄したというのか。
アメリカに作らされた憲法と、アメリカに作らされた自衛隊の存在は、
隣国にしたら建前だけの戦争放棄を掲げる卑怯な日本だと当然受け止められているはず。
その上、安保に従って米国軍が日本国内で殺し合いしても、日本が戦争したことにはならないとか、
戦争を放棄しつつ国も守れるんだなどと、やっぱり何を放棄したのか疑問。
そりゃ当然、諸外国からは軍事国家だと思われるさ。
でもこの卑怯な態勢は、日本の意志で作ったものではなく、全てアメリカに作らされたものなんだ。
日本は卑怯じゃなく、卑怯なアメリカから独立できていないだけなんだ。
殺し合いは放棄しない戦争放棄だなんて、何も放棄したことにはならない。
もし本当に国防を考えるなら、守るために自ら戦うこともアメリカに戦って貰うことも戦争なんだから、
ウソで戦争放棄を語る卑怯な行為をやめ、憲法で戦争すると明言しよう。
逆にもし殺し合いを完全に放棄すべきだというなら、殺されても殺し返さず、安保も自衛も放棄しよう。
卑怯なアメリカが作った卑怯なダブルスタンダードを解消し、日本は独立国家になろう。

独立し、国民の意思で世界貢献するかどうかを決める事は、決して孤立ではない。
わかるかゴロー?




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