ディオについて

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ディオは石仮面で吸血鬼になるとき、人間をやめるなどと言っていたが、
新しい何かになるより、今の自分を捨てる事をアピールした彼が、果たしてどれだけ人間を捨てれたのか。
フィクションについて論じても意味がないし、まして、少年誌の無理矢理な連載だからな。
しかし、ディオの存在は人間とそうでないものの視点について投げかける重要な役だったので、
あえて、向こうが考えさせようとしてるんだから、付き合って考えてやるだけだ。



ディオは自分では不老不死などと言っていて、確かに太陽アレルギーという弱点はあっても、
それさえ回避して夜しか出歩かなければ完璧な存在であるかのように思いがち。
しかし、ディオの真の弱点は、活動のエネルギーが必要という点で、所詮は生物だったことだ。
多少のケガでは死なないけれども、修復するためにはエネルギーが必要であり、
脅威のパワーを持ってはいるけれども、やはりエネルギーがないとずっと活動し続ける事は出来ない。
エネルギーを補給するために吸血をするしかなく、エネルギーが切れると動けない。
いざというときは吸血するためのエネルギーだけを残して休眠するわけだが、
吸血するために必要なエネルギーすらなくなっても、太陽にさえ当らなければ眠り続けるかも知れない。
しかしそうなってしまったらもう助かる見込みはなく、結局エネルギーは常に補給が必要だ。
自分にエネルギーが足りているかどうかを、自分で生理的に感じる事が出来なきゃいけないわけで、
それが人間で言えば空腹であり、ディオもディオなりの空腹に応じて食事をして生命を維持する。
今まで食べたパンの枚数が云々というセリフが出てくるが、まさにパンが血に変わっただけで、
普通に空腹で食事をする、実に生物らしい生活をしている事がわかる。
人間をやめたかったわりには、食べるものが違うくらいじゃやめた気がしないだろう。

ストレイツォにも言われていたが、ディオの性格は実に人間くさい。
人間をやめると言ったクセに、どこまでも人間に関わり、人間の偉いやつとして生きようとした。
人間の言葉を話し、見た目も人間で、人間を支配し、人間に勝ち、人間の王を目指した。
例えば犬ごときに人間の力を見せつけても勝った気にはならないし嬉しくない。
同様に、ディオも人間ごときに力を見せつける意味など無いはずなのに、全力で勝ちに来る。
一応、彼は人間ではなくジョースター家にこだわったことになっているが、
彼にとっては、ジョースター家を倒してようやく人間を捨てられるという事だったのだろう。
つー事はやはり最後まで、人間を捨てる事など出来ていなかったのだ。
彼は単に体質が変化した人間であり、人間をやめたわけではなかった。
他の人間が持っていないほどの力を得ることは出来たが、人間を捨てる事は出来なかった。
そして、あくまで人間の枠に入っていたクセに、人間の枠から出たかのように振る舞っただけだった。
強さを得たうれしさで、弱さまで捨てた気になってはいただろうが、実はまだまだ弱い存在だった。
それはスタンド能力を得た後もだ。

あたしは生きるのをやめたいと思わない日はなく、よく、ディオの人間をやめるというセリフを思い出すが、
彼のように強さを得る事によっては何も解決せず、やはり人間ゆえの弱さをどうするかだ。
やめたくてもやめられないし、弱さは決して克服できないので、弱さをあきらめ許すしかない。
人間に甘んじるという表現で良いのか。

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