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2008年 3月 5日 のアーカイブ

ツッコミどころが多くてとりとめもない。

まず、昔の事件を今さら裁判しても、証拠の信憑性が風化していくのでどうなのかと。
それを防ぐためにはせめて、実行犯だけでももっと早くにパクっておけばよかっただろうに。
実行犯も三浦氏と同様、米国外にいてパクれないということなのかな。
どっちにしろ今さら正確な証拠を出してくるのは難しいだろう。
それでも米国の裁判は素人参加なので、検察の口次第で有罪になるってことかも。

次に、弁護士の言い分。
三浦氏は犯罪者ではないという点を証明すればいいのであって、
逮捕が不当だとかいう切口で攻めるのがおかしい。
まるで、犯罪者であることは認めるが、逮捕されてはいけない犯罪者なんだと言ってるようだ。
ということは、弁護士だけじゃなく、本人もそう思っていて、よっぽど決定的な証拠がありそうだよな。
やってないなら証拠を恐れることもないんだから、やってないことを証明してくればいい。
むしろ、せっかくの機会だから、誤認逮捕でふんだくってやるくらいの気持ちが欲しい。
日本の司法が正しかったことを、アメ公にも見せつけてやれば良いんだ。
でも逮捕の正当性に噛みつくって事は、やっぱり何かしらの犯罪があったのだろうな。

あと、一事不再理ってのをどうして良いものか。
たしかに、いったん無罪になった人が遠い将来また裁判に呼ばれるのは困る。
もうその件で呼ばれることのないようケリをつける事ができるということで、一事不再理も必要だ。
でも逆の立場で考えると、沖縄でレイプした米兵が本国で無罪になって日本にまた来るのは許せん。
国内だけの一事不再理は必要だが、国際的には通用しないというシステムの方が納得できる。
だからやっぱり逮捕するなって事で噛みつかないで、無罪を証明してくれば良いんだよ。

犯罪を犯したかどうか、それを証明できるかどうかって事をスピーディーにやればいいじゃないか。
やってないとか、やってても証明できないとかなら、そのぶん慰謝料をふんだくればいいじゃないか。
古すぎて、たとえやってても今さら立証できるのかわからないのに、やってなきゃ負ける要素がないだろ。
やってるからこそ、証明されちゃうかも知れないからこそ、わき道で勝負したがるんだろ。
本当にやってないなら、もう金輪際裁判に呼ばれることがないよう、無罪を確定しちゃえばいい。
そっちの無罪を確定させる方が、逮捕の正当性を話し合うより先だろ。
潔白なら自ら望んででも裁判やるくらいだろ。

たとえ逮捕が不当であっても、どういう証拠があって逮捕したのかは知りたい。
たとえ信頼できる証拠があっても、逮捕自体が不当で放免となるなら、
せめてその証拠だけでも開示されないものなのか。