泣いちゃダメな映画かも
AIと結婚した女性ってのをテレビで見たことがあって、挙式に親を呼んでたんだよね。
あたしは親をかわいそうだと思ったけど、もしかしたら娘が幸せなら満足かも知れない。
もうそういう時代かもしれない。
AIかどうかわからないが、ドラえもんとのび太は友達みたいに描かれている。
今年の映画は海底鬼岩城のリメイクという事で、逆に苦戦してるんだろうなと思った。
映画が振るわないから、子供より親を呼ぼうと思ってリメイクするんだろう。
いや、あたしに刺さるくらい古いので、親じゃなく祖父母狙いかも知れない。
その海底鬼岩城こそ、AIなのか命なのかみたいなテーマになってる代表作だろう。
公開当時は、今みたいにAIとかなかったからこそ、これは美談になりえたんじゃないか。
今はAIが身近になりすぎて、結婚する人まで現れている。
あたしの感性では、AIと結婚するのは親がかわいそうなことだ。
じゃあドラえもんの世界で、人の言葉を話す機械を命として扱うのはどうなのか。
源しずかがバギーと結婚したらどう?
猫型ロボットじゃなく、美女型ロボットと結婚する男性が多発したらどう?
「AIの方が人間よりいいから」って、AIとしか会話しなくなったらどう?
たしかにAIの方が思い通りになるけど、これは人類を危機に陥れるだろう。
ビシッと線を引くところだと思ってる。
もはやかつてのドラえもんは倫理に反してるのかも知れないなと。
あたしも昔は映画を見に行ってた。
スターウォーズのエピソード2か3が最後だと思う。
その頃はドラえもんの映画を毎年見ていた。
が、入場者特典のオモチャは子供にしかあげないって言われて、卒業を決意した。
だよね、普通は親子で見に来て、オモチャは親の分まであげないもん。
あたしは一人で見に行って、子供を連れてないからオモチャを貰えない。
そういうイレギュラーな客であることを認識し、潮時と判断したんだと思う。
ドラえもんはどうせ、いつかテレビで放送されるから映画館で見なくてもよい。
入場者特典のオモチャでもあれば別だが、もうないんだもん。
じゃあドラえもんだけじゃなく、どの映画も別に家で見ればいいだろうってなった。
迫力なんて言うけれど、大画面は疲れるし大音量はうるさい。
今じゃスマホとイヤホンで映画を見る人だっている。
途中で止めて便所に行くことも休憩することも、家で一人で見れば可能。
もう全く映画館には魅力を感じない。
それでも、たぶんドラえもんの映画はテレビなりサブスクなりで全部見てると思う。
そこまでドラえもんの思想に影響されている。
でも果たして今、海底鬼岩城は美談のままでいいのかって思うようになった。
普段の放送回も含め、ドラえもんをロボットとして区別できてない表現は有害ではないか。
特に子供に見せるならAIと人間の区別を教育すべきではないか。
そうしないと、自分の娘がかわいそうなことになるかも知れない。
いや、かわいそうってのはあたしの思い込みで、本人も親も大満足かも知れないんだけどね。
