修羅の門

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 高校で空手部だったので、ちょうどその頃流行ってた修羅の門の技はみんなマネしようとしてた。あ、流行ってたと言っても空手部内での話で、殴ったり蹴ったりを部活としてやってるキチガイ集団以外のシャバでも流行ってたかは知らないよ。その頃はまだグレイシーとか出てくる前だったし、リングスより前のUWFとかのあたりだから、総合格闘技自体もまだ注目されてない時代に格闘技の漫画がそんなに流行ってたかどうかは知らない。でも空手部だったあたしにとっては、読んでて当り前の知ってて当り前の漫画だった。でもグラップラーは知らないのでそういう時代。



 近年、健康のために筋トレ見たいな事をやってるけれども、その筋トレを頑張ろうとした時に働く脳の部分とかあるいは分泌物とかが、あたしの場合は格闘技の練習をしようとする時とたぶん似たような物なんだろう。例えばボクシングでもプロレスでも相撲でもいいんだけど、テレビで強い人がでてれば筋トレがはかどっちゃう。それはきっと空手やってたときに筋トレしたから、今は筋トレしかしてなくても脳内ではリンクされちゃってるって事だと思う。という所へ修羅の門を読み返したので、なんか毎日はかどっちゃってる感じ。

 自分でもどこまで読んだか全然覚えてなかったが、ボクシング編は一回読んだという記憶が甦ったが、ブラジル編は全然心当たりがなく、と言う事はたぶん読んでない。修羅の刻の方は十兵衛がわざと片眼でいるって話は覚えてたけど、きっとそこまでしか読んでない。ウィキペディアで確認した年代を見てもそれでつじつまが合う。その頃以来の読み返しで、かつ、その頃読んでなかったあたりも読む事が出来た。一気に読んだので頭の中が陸奥圓明流になってしまって、もう普段の発言が殺すの殺さないのになってヤバい感じだし、子供がじゃれてるのを見ても旋か蔓落としかって思っちゃうし、もうヒジ伸ばされたら決められると思って生活しちゃうくらい影響されてる。夢ではアメリカでインディアンと野宿してたわ。当時ではなく今な。

 ジャンプの漫画だと、最初は弱い主人公が素質と努力で強くなっていくけど、修羅の門はマガジンだから最初から最強で千年不敗。強くなるために頑張る漫画ではないし、宿敵にギリギリで勝利していく漫画でもない。最初から強いけどある程度死にかけないと実力が出せない主人公が、普通は死んじゃうような相手の技をあえて喰らって、死ぬか死なないかのギリギリの所でやっと本気が出せるようになって、バケモノだとか修羅だとか言わせちゃうほど圧倒的な力の差で勝つ。小さいやつが大きいやつに勝つ漫画だけど、柔よく剛を制するのではなく、小さいのに力で大きいやつに勝つ。体重差三倍の力士を相撲で倒すほど。なにこれ。ダークヒーロー?でもないか。漫画が強くなるための努力を描写してないわけで、それを見ても自分の努力になんの励ましにもならないはずなんだよな、本来なら。あしたのジョーみたいに徹底的にジャブしたり死ぬほど減量したりってのを見てモチベーション上がるなら分かるが、陸奥圓明流でなんでこんなにはまるのか理由が見つからない。

 でも今のところ、その主人公の陸奥九十九の体つきが、いまオリンピックでメダル取りそうな男子体操のなんとかさんみたいで、漫画への憧れと肉体への憧れ、技最強への憧れとパワー最強への憧れ、みたいな、いろいろ結びついちゃって、ともかく漫画見て筋トレはかどる。ケンシロウにもスグルにも悟空にも自分でなれそうな錯覚は起こさないけど、九十九にはなれそうな錯覚が働いて、まずはパワーって思えちゃうんだよね。ま、とりあえず布団に虎砲な。

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