アーカイブ

2012年 1月 6日 のアーカイブ

問題もクソもあるかってんだい。
気軽に嘘を書くことが出来るサイトに嘘が書かれてても、今さら驚けないでいる。
なんせ年会費を払ってまで2chの過去ログをあさってるあたしとしては、
食べログ以上に信用ならない匿名投稿ばかりを読んでるわけで、
いちいち書き込みを全部信用してはいられないし、逆に信用できないからと切り捨ててもいない。
むしろ金払ってまでその信用ならない情報を欲しいと思ってるわけだ。
その食べログ問題で騒いでる人達と、それ以上に疑わしい情報を欲しがる人達の間で、
やっぱり決定的に違うのは、何が本当のことかを自分で決めてるって事なんだよ。

たとえば飲食店を例にするなら、味の好みは人それぞれだって事は言うまでもない話で、
うまいって書いてる人もまずいって書いてる人もいて当たり前で、
うまいって言う人が多ければ自分にとってもうまいってわけじゃないし、
みんながまずいって言っても自分にはうまいかも知れない。
だからうまいとかまずいとかって書いてるだけじゃ何の参考にもならず、
たとえばラーメンなら太麺だとか脂っこいとか書いてるのは参考になる。
接客が良いとか悪いとかは、本当に悪ければ誰でも気になるから、
一人が悪いと感じたぐらいじゃ逆にその人がクレーマーかも知れないとも一応用心するし、
逆に良くてもなかなか良いとは感じないので、わざわざ良いって書いてるのはサクラかもしれない。
たとえば分煙だとかトイレが男女別とか店の様子は参考になる。
というわけで、嘘かも知れないけど太麺で脂っこくて分煙でトイレが男女別って事は信じるし、
うまいかどうかと接客が良いかどうかはわからないというのが、自分で決めた本当のことだ。
でもこれってあたしにとっての本当のことであり、一人でもうまいって言ってたら信じる人もありだと思う。
しかしそれって、クチコミを信じて自分で決めた本当のことなんだから、
書いた人と趣味が合わなかったとか、そもそもヤラセの書き込みだったとしても、
信じて食べに行くと決断した自分の責任であって、嘘が書かれていたとかいって騒ぐことじゃない。
もちろん、あたしにとってはそれが答えだって事であり、自分で決められない人には一大事なんだろう。

そもそもあたしは教科書すら信じてないし、学校だからって本当のことを言うとは思ってない。
教科書はどんどん書き換えられているし、どんなに立派な人でも間違うし、
絶対的に信じて良い物は無いと思ってるので、何を信じるかを決める自分という物を信じるわけだ。
すなわち失敗したときに責める相手は自分であり、自分を責めるとは反省することであり、
人の言ったことを信じて言うとおりにして失敗しても、言った人が悪いと批判して反省しない人が嫌いだ。

嘘が書いてあるかも知れない場所に嘘が書いてあると言って騒出でるのは、
すなわち自分には判断能力がないから、誰も自分をだまさないでくれよって事なんだよな。
いや、あたしだって何が本当のことかはわからないし、誰にもわからないけれども、
信じて行動するのは自分だから誰のせいでもないって思ってるから、2chの過去ログが楽しめるんだよ。

報道では、情報操作は悪いことだというスタンスで全く疑ってもいなかったが、それも違うと思う。
じゃあ昔からあるSEOはどうなのかって話で、何もしなきゃ誰も訪問しないサイトを、
検索エンジンで順位が上がるように操作して集客するって手法は当たり前にやられているわけで、
検索エンジンで順位を上げたサイト内で店の順位を上げることが悪いことって、変な話だよな。
ネットに限らず、店頭のノボリに「うまい」とか「売れてます」とか掲げてるのはじゃぁ良いのかと。
業者による情報操作は悪で、個人でやるのはどこまでが良いのかとか。
そもそもクチコミサイトって、いろんな人がいろんな意図を持って書いてるわけで、
善とか悪とかで線引きできない物と思い知るべきだ。