別の大会で優勝してるのにオリンピックだけ年齢制限で出場できないのはおかしいと、
特例の適用や年齢制限の撤廃を求める声が上がっているが、
そもそもフィギュアスケートという競技自体に疑問を持ってみる。
フィギュアスケートは何を競うスポーツなのか?
陸上競技はわかりやすくて、現在人類で一番速く走れるヤツを決めるとか、
人類で一番高く飛べるヤツを決めるというスポーツだ。
たとえ子供であっても、一番速く走れるならその子が金メダルであり、年齢制限不要。
それから卓球とか格闘技とか、タイマンで勝負する競技の場合も、
強いヤツが勝つんだから、一番強いヤツが子供でもいいわけで、やはり年齢制限不要。
タイマンじゃなくても、勝負に勝てるならチームに子供がいたってかまわない。
こういったわかりやすい競技では、年齢に対してもシンプルな答えが出る。
問題は、フィギュア、シンクロ、新体操など、審査員が点数付ける曖昧な競技だ。
スポーツっていうのは、ルールさえわかっていれば勝者が誰かハッキリわかる必要がある。
コイツよりコイツの方が足が速いとか、コイツの方が多く点数入れたとかね。
ところがこれらの競技は、必ず審判が複数人いて、合計点を出すのがおかしいじゃないか。
どの審判が見ても誰の勝ちかだけは容易にわからなければフェアじゃない。
いや、たとえ審判がいなくても見てる人に勝者がわからなければ競技としておかしい。
お笑いだとかモノマネだとかのバトルで、どっちが勝ちか納得いかないことは多いし、
どっちの料理ショーで勝った方がうまいなんて誰も言えないでしょ。
そんなわけで、「年齢が低くても実力が上なら」と言う論理は、
実力が上かどうかをハッキリ判断出来ない競技では適用するのが難しいんじゃないかな。
他の競技のようにシンプルに答えを出せば、
「ミキティーは4回転なのに真央は3回転なのでダメ」
と言うことで論争は終結するのだが、それで終われないっていうのがおかしい。
果たしてこんな曖昧な競技がオリンピック種目として適当なのか?
スポーツの優劣に表現力とか選曲とかって関わって来ちゃ絶対ダメよ。
回転ジャンプで誰が一番多く回れるかとか、リボンをより高く投げるのは誰かとか、
一つ一つのワザだけ競えばわかりやすいのに。
決めた技の難易度を総合したり、ミスったら減点したりとかしてるんだろうけど、
審査基準の公表すらせずに勝手に点数付けるから、複数審判の合計点が必要になる。
浅田真央がオリンピックに出るべきかどうかの前に、
有識者による品評会ならオリンピックでやる競技ではない。
ちなみに体操競技も、普段はケガしないように柔らかい物を敷いて宙返りし、
出来るようになったら普通のマットで着地の練習もしてるんだろうけど、
失敗して命に関わるケガをしてる人もたくさんいるよね。
オリンピックという大舞台でこそ安全を期さなければいけないのに、
メダルを狙うと、失敗するかも知れない大技を補助無しでやるから危険度は増すわけで、
こういう種目もオリンピックには適切でないと思う。
逆に、適切でない競技ばっかりやってるオリンピックが悪い。
[日記的なもの/未分類/2005]
浅田真央15歳 / 2005-12-19 (月)
2009/01/08 (木) 更新 ©2005-2009 汁么ゴ魚 by Wantech
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