変な子だった話

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 お盆なので親戚の家に行ったりしてるわけだが、今となっては小さい子供を二人連れて行ってるわけで、その小さい子供の外見や振る舞いを見て似てるとか似てないとかの話に当然なるわけだ。外見が似てるかどうかの話はさておき、振る舞いがどうのこうのの話であたしにとっては非常に意外なことを言われた。いや確かに今のあたしは変な人だろうさ。でもね、あたしは知らない人の前では極力普通にしてるつもりでいるんだよ。いやむしろ、知ってる人にだけわざと変に振る舞ってるような気づもりでいたので、自分で変に振る舞って見せた心当たりのない相手から変だったと言われるのはとても意外なわけだ。



 いやそもそも、あたしが変なのは半分演技であって、演技力と言うことを考えても大人になってからだというつもりなんだよ。本人としては。その親戚の人はあたしが小さい頃に遊び相手になってくれたお兄ちゃんなわけで、そのお兄ちゃんから見て変な子だったって言われるほど、あたしは小さい頃から変だった自覚はないんだよ。よく、人を笑わせるのは好きなくせに、意図して笑わせてもいないのに笑われると怒るような人っているわけでしょ。あたしも、変なのはあたし自身の仕込みによって変なのであれば満足だけれども、変に見せようと振る舞ってもいないのに変だって言われると、なるべく変じゃないように振る舞おうとしてしまうわけよ。んで、ほとんどの人の前ではなるべく目立たないように、変じゃないように振る舞いつつ、心を許した相手にだけ普通以上に変に振る舞ってるつもりだった。その自分が変かどうかを意識してない、ありのままの自分で過ごしてたほどの小さい頃に既に変な子だったんだな。

 んで、自分は特別に意識して変に振る舞わなくても、小さい頃から変な子だったのかということをかなりインパクトを持って受け止めつつ、お盆だから中学校の同窓会にも行ってきた。相変わらず変だってよ。いや中学校あたりは自分からだいぶ変にしてた記憶あるわ。でもその同窓会で別に変にしてないつもりなのに変で、それが相変わらずだってんなら、中学校で自分から変にしてたのが変なんじゃなく、普通に振る舞ってたつもりの時が今の普通に振る舞ってるつもりと一緒で変だったんだ。あたしは普通に振る舞えていなかったんだ。変じゃない努力は無駄だったんだ。

 そういう流れで、これからの変じゃない努力もやっぱり無理なんだと思うと、もうどうして良いのかって感じだ。変じゃない努力のおおかたは他人を尊重して同調することにあるわけで、努力しても変だと思われてるのに、今後も他人を尊重して同調する必要なんかないだろうと。でも他人にあわせない自分というのがどこにあるのかとうに見失っているんだよ。あわせておけば良いみたいな生き方をしてきて、あわせずに生きるってどういうことなのかわからないんだ。うん、でも一つだけわかるのは、誰にもあわせずに自分で好きなようにして良い立場なら、あたしはとりあえず働かない。好きなようにして良い立場ってつまりお金さえあればって事ね。あたしの家族があたしを変だとわかってくれてるんだから、あたしは変だから働かないんだと言うことで、そのまま受け入れて欲しい。変だけど普通の人のように働いて欲しいってのは無理があるわ。その無理があたしにのしかかってるわ。いや今でもほとんど働いてないけど、完全に働かない人になりたい。いや働くのは良いけど、お金を得る為に変じゃないフリをするのはいやだ。たぶんそこ。自営でもバイトでも、とりあえずどこかに人付き合いは発生するわけで、お金を貰う相手には変じゃないフリをしないといけない。頭おかしいけどこれ買ってくれ、頭おかしいけど仕事くれ、って成立しないじゃん。頭おかしいから働けない分、家族で助けてくれるか口減らししてくれ。

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