モテないからイカレて、イカレてるからモテない

2017年02月24日 金曜日
Filed under 浮世 | Tags:
1930 letters | コメントする

めっきり年とって、もう人殺したいと思わなくなったなと、ふと思った矢先だった。
若い人が血気盛んなのは、話せば通じると希望を持ってるからだろうと思ってた。
過去の体験の中のデリケートな部分に触れたのか、久しぶりにこいつだけは許せない。



あたしは気が違ってる側の人間だから、違ってない側からの数の暴力を強く感じる。
半殺しにした犯人を死刑にしたいけど、殺人未遂だから死刑はないってやつ。
半殺し相当の罪にしかならないから、軽すぎるってのが国民の大多数の見解だ。
やられた側は何を言っても許されるし、やった側は何を言っても悪でしかない。
殺されかけた人間は犯人を殺したくなって当然だと、全国民が味方をしている。
その様子を見て、どっちも同じ殺人願望じゃないかと不公平さを感じた。
被害者ってのは、被害に遭ったと言う理由でここまで横暴が許されるのか。
被害に遭ってない人まで、みんなで一人を殺せ殺せと言い合う事が許されるのか。
誰も味方しない変態一人を、全国民で殺そうとするイジメの構図だろうが。
いやあたしは不愉快さにチャンネルを変えちゃってるから、しっかり聞いてはいないが。
あたしは変態なので、人間達にこう言う図式によくされてて、人を殺したくなってた。
特に女に嫌われてたから、特に女に率先してやられて、特に女を殺したくなってた。
自分自身のこととリンクして、最も殺したくなる女性だと感じた。
この被害者じゃなかったら、犯人も刺したくはならなかっただろうな。
確かにこれじゃ、法律で裁かれるのは犯人の方のみだ。
そして全国民が被害者の味方となり、犯人に対してもっと重い罪を望むだろう。
あたしは明日は我が身ととらえているし、こう言う性格の人を逆上して刺すかも知れない。
そして全国民に変態扱いされ、ま、事実あたしは変態だけれども、懲役刑をくらうだろう。
あたしがその刑を終えるまで生きていられたら、けじめとして次もやると思う。
もうこうなってしまったら個人と個人の、尊厳をかけての殺し合いだと思う。

あたしもたぶん、場合によってはストーカーで殺人犯になっていたんだ。
というか、あたしはその犯人そのものだ。
そんなあたしを、誰かが好きになったりとか、恋愛したり結婚したりはしないだろ。
この犯人と恋愛するやつなんかいないだろ、あたしはそのものなんだよ。
よその人から見たらただの変態だから、そう言う人とは距離を置けばいいだけだが、
あたしはこれ本人だから、どうすることも出来ず生涯ただ変態でしかない。
変態でない人生は歩めない。
なにかしら得意分野があったとして、がんばれば他人に勝てる物はあるだろう。
でもそんなことをしたって、誰かに好かれることはない変態ストーカーだし意味がない。
誰の目から見てもあたしはただの変態であり、その他の些末ごとなどなんの意味もない。
生きる意味なし、死ぬ意味なし、自分に意味なし。
だから、何かしら意味を持って生きてる人達とは価値観が違う。
決定的なのは、将来に希望を持っていないため、現在のために将来を捨てられる事だ。
ストーカーとかしちゃう事も、相手によっては刺しちゃうことも、そりゃあるだろ。
まったく心当たりがあるわ。

変態の自分に対して、変態だからかわいそうだと思って見てくれる人は殺せないよ。
変態だから懲らしめてやろうと思ってるやつは、一生かけても殺したくなる。
まぁ、それを実際にやっちゃうほど追い詰められなかったから、まだ生きてるだけで。
そりゃ全国民から反省しろって言われるさ。
おう、生まれたことを反省してるわ。
あたしはあたしに生まれた時点で、反省など通用せず永久に変態だ。
変態に生まれてしまったあたしを数で懲らしめるなら、それは尊厳にかけて殺す。
うん、わかる。

たぶん関連のある記事:

コメントは終了しています。