最近は中国といえば偽物というイメージを定着させようと、テレビで盛んに偽物発見合戦をしている。
アジアの後進国は偽物が収入源でずっとやって来たわけで、今さら驚くことではないのだが、
オリンピックを控えて偽物対策をし始めた事が、逆に偽物の多さを目立たせているのかも知れない。
今度はパンダの偽物だそうだ。
中国の有名なミュージシャンが、自分の小型犬をパンダのような白黒に染めて、
パンダの赤ちゃんとか言う曲をプロモーション中なんだそうだ。
パンダ犬は中国だけではなく、昔から韓国なんかでも人気者になったりしていたのだが、
今回は動物愛護的な観点からバッシングが起っているんだそうだ。
これってかわいそうなのか?
服着せられるのはかわいそうじゃないのか。
刈り上げられてピンクや緑に染められてるプードルは許されているのにか。
飼い主がペットの見た目をいじり始めた時点で、どのようにいじれば可愛いかはセンスだけの差でしかなく、
パンダ風にした場合だけかわいそうになるのがよくわからなかった。
目に染料が入るかも知れないとか言ってたけど、ググってみたら全身染めてる犬いっぱいいるし、
そいつらに対しては目に入るから虐待だなんて話はしないんだろ。
曲を売るために動物を見せ物に利用したのが悪いとも言っていたが、
じゃぁ野生動物を捕まえてきて見せ物にしてる動物園なんて全部ダメじゃん。
人間だって可愛がりすぎが他人にはかわいそうに見えることがあるわけだが、
そういう場合は本人が嫌がっていないかどうかを基準にして善し悪しを判断すればいい。
でも動物に対しては、その意思を確実に問い出さすのは無理だ。
嫌がってるように見えるって言ってる人のほとんどは、嫌がってるに決まっていると思って見てるだけ。
喜んでるように見えるって言ってる人も、喜んでるはずだと思ってみてるだけ。
こうした判断こそが人間基準の押しつけであり、かわいそうだと思うべき。
あえて境界線を設けるなら、ペットとして人間基準を押しつけて所有物にした時点で虐待だ。
所有が認められるなら、パンダ色に染めようがバター舐めさせようが知ったこっちゃない。
以前から人間基準の押しつけには憤慨してきた。
食物連鎖の関係にある肉食獣と草食獣が仲良く遊ぶアニメを文部省が推奨するのも腹立たしい。
仲が良ければ全て良しなのは人間同士の場合だけで、動物同士の仲良しは美化してはいけない。
生きるために食べることを、残酷だとかかわいそうだとか思うほど浮世離れしてはいけない。
しまじろうは一緒にいるメスのウサギを食べるべき。
それから、食べもしない動物を殺すのは悪だとか言ってるのも勘違い。
そもそも善悪の基準が存在しない自然界において、動物は善だから無益な殺生をしないわけではない。
彼らは無駄なエネルギーを消費する余裕がないから節約しているにすぎない。
食い物を得ることと、自分が死なないことと、この二つが動物の行動の基準になる。
だから、食べるためじゃなくても身の危険を感じれば防衛のために襲ってくるし、
しかし節約もしなきゃいけないので殺すことには執着せず、腹が減ってなきゃ食われはしない。
弱いものは死なないために危険な行動を控えるから、逆に強いものが殺しを控えているように見えるだけ。
殺すことがプラスなら殺し、マイナスなら殺さないのが自然界の基準だ。
彼らにはかわいそうもヘッタクレもなく、やるべき時はどんな道徳にも縛られずにやるのだ。
もし人間が自然界の掟に従うなら、食べるわけじゃなくても害になる生き物は駆除して良い。
特に、畑を荒らした動物に罰を与えたら虐待で捕まるかも知れない日本は異常すぎ。
[日記的なもの/未分類/2007]
パンダ犬 / 2007-07-12 (木)
2008/11/19 (水) 更新 ©2005-2008 汁ムゴ魚 by Wantech
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