[日記的なもの/未分類/2006]

パンクだぢょ / 2006-09-15 (金)

自転車がパンクした。
具体的にどのタイミングで逝ったかは心当たりがないのだが、
信号待ちして再スタートした時点でどうもガタガタするなと、すぐにパンクを疑ったら、
やっぱり後ろのタイヤがふにゃふにゃだった。
近くのパチンコ屋の駐車場で嫁の迎えを待ち、前タイヤを外して軽自動車に積載して回収。
自転車の話はこれでお終い。
自転車のパンクで思い出した思い出の話がメインだ。

「パンクだぢょ」は、赤塚不二夫のおそ松くんに出てくるハタ坊のセリフだ。
中学生の頃に、リメイクだか続編だかのアニメを見て、毎週笑い死にさせられそうになっていた。
あの頃、クラスにもう一人、同番組で毎週命を落としかけてた友人がいて、
放送翌日(青森県はフジがないので平日放送)も二人で盛り上がりすぎて、生活に支障を来した。
確かこのセリフは、イヤミが爆弾か何かに怯えていた折、後ろで爆発音が鳴り、
シェーっと驚いて振り返ったら、ハタ坊の三輪車がパンクして発した一言だったはず。
くだらないし、普通の状況なら鼻で笑っておしまい程度の笑いだが、訳あって記憶に残っている。
ハタ坊というのは、頭に旗が立ってて鼻水も垂れてて目の焦点もおかしい子
マンガでもなんでも、笑いというものは、誰を笑わすかで何を笑うかも変わるわけだが、
赤塚マンガの場合、残酷なほどに、笑っちゃいけないかわいそうな人を笑う傾向がある。
ハタ坊の特徴をみても、これが実際にいたら二十四時間テレビだ。
赤塚マンガには二十四時間テレビ系キャラが圧倒的にたくさん登場し、
その登場人物の二十四時間テレビっぷりを笑うという、かなり残酷な内容になっている。
最近は教育水準が上がって、他人よりちょっとバカな人のちょっとバカな行為が笑いになるが、
昔々はバカが当たり前にいたせいで、障害レベルの大バカこそが笑いになった時代だった。
しかし、その教育水準の上昇といっしょに、障害でバカな人を笑っちゃいけない風潮もできた。
中学校の頃に放送されたおそ松くんは、その風潮を完全に覆す衝撃の内容だったので、
こんなものを笑って良いのだろうかという罪悪感も持ちつつ、ただただ笑いが止まらなかった。
天才バカボンの放送は、もっと小さい頃に見たので、罪悪感もなぜおかしいかもわからなかった。
しかしこれを再放送で見ると、やっぱり障害でおかしい人を笑う内容で、罪悪感を覚える。
バカボンのパパ自体、事故か何かでバカになったという笑って良いかギリギリの設定だった。

その、笑って良いかどうかもギリギリな事が、さらに笑いを助長させると言う現象は、
最近よくある、笑ったら罰ゲームとかいう番組で似たような体験ができる。
あれは出演者と共に視聴者も笑いをこらえようとするから、
その笑っちゃいけない緊張が保てなくなったときに、本当に笑いが止まらなくなる。
大したことでなくても、笑っちゃいけない気持ちがはち切れた瞬間はとんでもなく笑えるのだ。
おそ松くんで毎週死にそうなほど笑ったのと同様、
ガキの使いの笑ったらタイキック企画で、ほっしゃんのうどんも死にそうに笑った。
しかしその両方とも、同じく笑っちゃいけない状況での笑いという共通点のなせる技。
だいぶ面白い番組で大笑いしても、死にかけるという状況には陥らないものだが、
笑ってはいけないという制限を自ら課せば、くだらないことでもこんなに幸せになれますよと。
もちろん、そこまで笑うと本当にここで死ぬのかと思えるから、上級者のみ推奨。

自転車がパンクしたことで、ここまで関係のない話題を作れる自分に乾杯。
ちなみに乾杯とは、酒も飲まずに自分に酔いしれるから、その乾杯だ。




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