[日記的なもの/未分類/2005]

話題のペルー人 / 2005-12-02 (金)

例えば逮捕されたのが中学生なら、中学生に気をつけろと言う話にはならないわけで、
誰しもが中学生だったから、目の敵にしても意味がないことを知っているからだよ。
でも、例えば犯人が2チャンネラーだった場合は2chは良くないと言って盛り上がるし、
出会い系で知り合って殺害だと、出会い系はヤバいって言って盛り上がるわけだ。
自分とは何かしら違った部分があって、その違った部分を持った人が何かやったら、
悪いのはそれのせいと言うことにすれば、ついでに自分は悪くないと思いこめるわけで、
我々は自分を善だと思いたくて必死だから、逆に悪を責めるのに必死なんだね。
まぁ、ストレートに言えば差別なわけで、その違った部分について、
数の差で優位であればあるほど堂々と文句を言えるし、正義を振りかざせる。
逆に犯罪者と共通点を持っちゃった人は、別に何にも悪くないのに発言力を失う。
で、本当に普通の人が犯人だと大衆は納得しないわけで、
大衆のなにかしら差別して優位に立ちたい願望を満たすべく、
ワイドショーが根掘り葉掘り話題の人を調べ上げることで視聴率を稼いでいる。

ところが今回は、差別したらあからさまなモロ外人だ。
差別は悪いことだと意識している人にとっては、自分が差別していると気づかないよう、
差別しているという罪悪感を感じないように差別するってのがベストなわけで、
いつものような調子でペルー人は危ないって言い切っちゃうのは気持ちよくない。
また、ここまであからさまでも罪悪感を感じない人だっているわけで、
そういう人は何の配慮もなくペルー人や外国人労働者自体を否定して快感なわけよ。
そうなると、外人を否定するような報道は良くないって言われるのを知っていて、
ペルー人自体の印象を懸念する現地人のVTRを流してみたりと早めに手は打たれている。
実に日本のシステムは良くできていて暮らしやすいな。

こんな風に報道をとらえると、世の中が不当な差別をすればその擁護に回りたくなり、
逆に必要程度の差別すらしないというなら、あえて叩いてみたくなるものだよね。
あたしゃもっとペルー人には警戒すべきだと思うね。
だって、やったのは悪魔で、やったかどうかは神のみが知っているなわけでしょ。
神だの悪魔だのの名を勝手に使って、都合の良いように事実をねじ曲げているわけで、
それが犯罪を犯した本人だけでなく家族とかまで同様の体質だとわかったわけで、
これはペルー自体が、神とか悪魔とか言えば許してもらえる社会であることを表している。
そこだけ何世紀か遅れてるのか?とか言うとあきらかに差別だが、
やはり犯罪を反省する概念のない文化に育ってしまった人たちなんだから、
ちゃんと警戒して、ペルー人と言うだけで多少の先入観を持つようにしないと危ないよ。

大統領への道
大統領への道
アルベルト・フジモリ



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