[日記的なもの/囲碁/2007]

夢の価値 / 2007-11-09 (金)

たとえば宝くじが当ったら何を買うかという話を夢と呼ぶならば、
頑張って達成したい目標とは一緒にされたくない。
毎日積み重ねている努力が、努力しなくても語れる理想と同じ言葉で表現されたら、むしろ腹が立つ。
どこかの野球選手が、夢という言葉が嫌いだと言っていたが、これは怒りだったに違いない。
夢を持つのは良いことだとかいって、嘘でも何でも将来のことを語る子を褒める傾向があるせいで、
野球選手になるのが夢だと語りながら、本当になれるとは思っていないし努力もしない子がいる。
スポーツだけじゃなく、小学校で無理矢理書かされる将来の夢に向かって、努力してる子は少ない。
本気で野球選手になるために頑張ってる子は、頑張ってない子と一括りにされたくないに決まっている。
だから、宝くじが夢なら、実際に毎日努力して実現しようとしてる事を夢と呼ばれたくはない。
また、何かに向かって努力することに価値はあるが、宝くじが当って欲しいと欲張ることに価値はない。
実現するための努力を伴わない、「だったらいいな」で語る将来の夢は何の価値もない。
それはただの嘘だ。
子供の嘘を褒めて、子供に嘘をつかせるな。
本気でやってる子に迷惑。

ちなみにあたしの子供の頃に書かされた夢は「大会社の社長」だ。
別に、社長として働きたかったわけではなく、金持ちになって威張って暮らしたかっただけで、
実現できるとも思ってなかったし、実現しようともしてなかったし、まさに書かされただけの非現実。
目標でもなく、何の価値もないただの夢。
ちなみのちなみに今のあたしの夢は、選び放題ハーレムだ。

最近は囲碁で初段を目指しているので、他に同じ目標の人をググって探し、
どんな練習をしているのかとか、いつからやっててどれだけ強くなってるかとか、興味を持っている。
そうすると、ググるキーワードは、「囲碁 初段」ってなっちゃうんだが、
それだと、出てくるのは初段を達成できないブログばっかりなんだな。
一応、タイトルに初段って入ってるけど、もし実際に初段になっちゃえばそのブログもおしまいでしょ。
初段を目指すブログがググって出てくるのは、目指し続けているからであって、
達成しちゃったらもう目指していないし、初段を目指すという看板も下ろさなければいけない。
次は二段を目指すブログとして生き残ってるかも知れないが、じゃぁ初段でググっても出てこない。
達成した人の方法こそ参考になるのに、達成できずに目指し続けてる人しか見つからない。
これだと、あたしが探している、自分が初段を目指す参考になるブログではないんだな。
あたしが探しているのは、意欲的に目指してる人であって、のんびり目指してる人ではない。

この、のんびり目指しているという状態については、本当に目指してるんだから文句のつけようがない。
目指してない夢はただの嘘だからダメだけど、目指してる夢は本当だもんな。
ただ、達成できないかも知れないけどそれでも構わないという甘えを産む危険は大いにある。
自分の将来の目標を夢と表現しちゃうと、夢だから叶わないこともある等と言い訳できるわけだ。
目標だと表現するだけで、達成出来なきゃ敗北感が発生し、自然に努力するようになるが、
夢だと表現すると、いつまでも実現できなくても恥ずかしくないし、いつまでも夢を心の支えに出来る。

ということで、夢を語っちゃうと叶う夢まで叶わなくなるからやめた方が良い。
頑張れば出来そうなことは、頑張って夢ではなく現実にしよう。
頑張っても出来ないことを夢だと語るのは嘘つき。
のんびり目指す人も、目指して達成出来なきゃ恥ずかしいと思わないと、いつまでも夢のままだ。
だからもう夢って言っちゃうとろくな事がないから、夢を美化するのもやめようよ。




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