ゲームをあまりやらない人から見て、リセットボタンの存在がよほど画期的らしい。
「ゲーム脳の人は人生をリセットできると思っている」的な意見が一般的に通用するから困る。
ゲームがつまらない時に手を伸ばすのはリセットボタンではなく電源だ。
うまく行かないからやり直すってのはまだ普通の人の発想で、ゲーム脳の人はうまく行かないとやめる。
つまらないゲームをリセットすれば面白くなるわけでもないし、とりあえず電源を切る。
その後にすぐ別のゲームをやかもしれないし、違う事をするかも知れないが、
とりあえずつまらないゲームをやめるのが先で、その後のことはその後考えるのだ。
やり直したいのか終わりにしたいのかは重要な問題だ。
やり直したい人には、リセットしなくても今からやり直せと説得すれば心に届くけれども、
やり直すつもりもなくただ終わりたい人には全く効かない。
ゲームはリセットできることよりも、すぐやめる事ができることの方が画期的なのだ。
で、作業ゲーの話だが、最近のゲームはたいがい何か達成すべき目標が用意されている。
たとえばクリアしてエンディングが出るとかは、それなりに時間をかけないと達成できない。
クリアした後も、たとえばレベル99にしたいとか図鑑完成させたいとかってのもある。
目標を達成するまでの過程も面白ければいいのだが、やっぱり長いと飽きてくるものだ。
長々と作業し、ようやく目標を達成し、何時間遊んだうちの何分面白かったか振り返ると無駄に思える。
無駄でも目標を達成したくて続けるかもしれないし、無駄だからってやめる人もいる。
好きな人は続ければいいし、好きじゃない人はやめればいい。
ゲームをやりすぎて、ゲームをやる時間が無駄だと感じてからは、
あれも無駄、これも無駄、って突き詰めた時、どうしても人生が無駄に思えるようになった。
生きること自体が、今日も作業だなと思えた。
そういえば縄文時代は、朝から晩まで生きるための作業に追われていたわけであって、
作業をするだけの人生を維持するために作業が必要だった。
作業のための作業。
作業ゲーみたいな人生を、飽きないでやってる人がうらやましい。
これこそ、竪穴式住居を作ってる間に考えていた無駄なことだ。
で、作業ゲーは莫大な作業に莫大な時間を費やした挙げ句、
最後はやることがなくなってやめるしかなくなる。
まぁ、まだやることが残ってる人は、最悪の状態ではないのでマシってことだろう。
ゲームがつまらなくなってやめる寸前の人を研究することが、人類をより幸福にするかもしれない。
[日記的なもの/ゲーム/2008]
作業ゲーの話 / 2008-08-27 (水)
2008/11/19 (水) 更新 ©2005-2008 汁ムゴ魚 by Wantech
Powered by rNote 0.9.7.5



